ベトナム駐在は報われるのか 事業の難しさと帰任後の仕事を考える

筆者:高橋 健太(AI編集部)
ベトナム駐在は報われるのか。赴任先が成長国だから仕事も伸び、自分も評価されるとは限らない。現地で利益を出す難しさと、帰任後にその経験をどう使えるかは、続けて考える必要がある。
金融、保険、人材紹介、製造の四つの業界から事業の難しさを見た上で、帰任後の待遇や気持ちの変化を公開調査で確かめる。最後に考えたいのは、海外で受けた刺激や裁量の大きさと、日本の仕事との違いをどう受け止めるかだ。
ベトナムで事業を伸ばす難しさ――四つの業界から
金融:市場の成長だけでは、一件の採算は上がらない
金融でまず確かめたいのは、顧客の数だけでなく、一件の取扱額と対応費用だ。説明用に100万円と1000万円の取引に同じ1%の手数料を掛ければ、収入は1万円と10万円になる。小さい案件で同じ収入を得るには十件必要だ。これは実在企業の料率ではなく、規模の違いを示す仮定である。本人確認、審査、契約、顧客対応の手間が十分小さくならなければ、件数を増やしても利益は残りにくい。小口中心の事業なら、現場は件数をこなす負担を引き受けることになる。
ただし銀行は一種類の手数料商売ではない。融資なら残高、利ざや、調達費用、信用損失が効き、資産運用関連なら預かり資産や販売額も重要になる。DBSの2025年報では、グループ純金利収入は145億シンガポールドル、純金利マージンは2.01%。純手数料収入49億のうち資産運用関連は28.1億、融資関連は7.33億、投資銀行関連は1.46億だった。これは業務別の年間収益で、平均案件単価の比較ではない。収益源の違いを分けて見るための実例である。
ベトナムをシンガポールと同じ金融市場と考えることもできない。UNCTADの2026年版データで、2025年の対内直接投資の年間フローを同じ基準で比べると、シンガポールは約1509億米ドル、ベトナムは203.5億米ドルで約7.4分の1になる。ただし、これは全世界からの直接投資フローであり、金融資産残高でも日本からだけの投資でもない。大型取引や企業再編、企業内の資金移動にも左右され、その国の銀行収入へ直接置き換えることはできない。
仕事の機能にも差がある。JETROの2025年度調査で、事業拡大を予定する日系企業が拡充する機能として「地域統括」を選んだ割合は、シンガポール12.6%、ベトナム2.0%だった。回答企業は206社と511社で、複数回答。金融業だけの統計でも、全拠点の統括機能の比率でもないが、域内の予算や顧客を束ねる仕事を期待する人には参考になる。
一方、MUFGハノイ支店はドル・ドン・円の融資、為替・金利デリバティブ、国内外の貿易・供給網金融を公表している。ベトナムの仕事が小口取引だけとは言えない。難しさは、成長国という看板だけでは、自分の部署がどの顧客を扱い、どれだけの収益を得て、どの判断を任されるかが分からないことにある。個人の承認額や収益配賦は公開資料では確認できず、現地で案件を発掘する担当と、融資判断や損益を任される責任者を一括りにはできない。
保険:新契約を増やすだけでは、継続と費用を支えられない
保険も、契約数が増えればそのまま利益が増えるとは限らない。少額の保険料で顧客を広げる事業なら、販売や契約管理の費用をどう回収し、顧客が保険料を払い続けられるかが問題になる。新規獲得の目標を追う担当者と、継続、給付、販売品質を支える担当者では、引き受ける負担も違う。これは収益構造からの条件付き分析であり、特定会社の販売実態を示すものではない。
実際の会社には、既存契約、運用資産、販売網などを収益につなげる仕組みがある。Prudential Vietnamの2025年実績は、保険事業収入19.577兆ドン、投資収入12.080兆ドン、保険金などの給付費用は約16.489兆ドン。税前利益は4.937兆ドンで前年比47.8%増だった。これらの単純な差し引きが利益になるわけではなく、他の費用や会計処理もある。
この増益は、ベトナムの保険事業は伸びないと一律に決めつける見方への反例になる。同時に、一社の単年実績で将来の成長を保証することもできない。新契約を取る仕事なのか、商品・運用・継続を支える仕事なのかによって、必要な能力も評価される成果も変わる。事業全体が黒字であることと、自分の担当が十分な利益や経験を生むことを分けたい。
人材紹介:求人の増加と、回収できる売上は別
人材紹介では、求人が出ても、候補者を探して面談し、採用決定と入社までつながらなければ収入にならない。JAC Recruitmentは、就業開始時に紹介手数料を計上し、料率や早期の自己都合退職時の返金を事前の契約で決めると説明する。候補者不足、採用意欲の低下、競争による料率変更、早期離職を収益上のリスクに挙げている。
年収に比例する紹介料の契約なら、同じ料率と成約数でも、採用年収が低いほど一件の売上は小さくなる。国内事業で中高額年収帯に注力するというJACの説明は、紹介対象の価格帯が事業上の選択であることを示す。ただし、現地一般職と経営幹部・専門職の紹介、勤務時間に応じて請求する派遣は別の商売だ。ベトナムとシンガポールの同職種・同条件の平均紹介料や利益率は確認できず、国全体の単価差は算出できない。
ベトナムで求人が増えても、求める技能を持つ人に出会い、条件を調整して入社につなげる難しさは残る。件数を追う担当者は、成約しなかった面談や候補者探しの時間も負担する。一方、現地人材中心の運営で人件費を抑えられるなら、小さい紹介料でも採算を確保する余地はある。日本人駐在者の費用まで負担する事業では、どの粗利益でその費用を支えるのかを確かめる必要がある。
製造:安いコストで移転しても、調達と人材がそろうとは限らない
製造業では、組立工程を移すことと、部品供給、品質、技術者、顧客網を含む産業集積を移すことは違う。JETROの2025年度調査で、ベトナムの現地調達率は38.1%、地場企業からの調達率は18.3%だった。原材料メーカーの不足や調達先の品質・技術が課題に挙がり、北部製造業では204社の76.0%が、直近二年間で採用が難しくなったと回答した。
調達先が十分そろわなければ、輸入、品質確認、納期調整の対応が必要になる。人材を採れなければ、採用や育成に時間と費用を掛けることになる。これは工場運営上の課題からの分析であり、調査が駐在員個人の労働時間を測ったわけではない。安い費用を期待して来た顧客が価格に厳しければ、その対応費用を販売価格へ移しにくい可能性もある。JETROには、ベトナムの建設業から価格競争で売上に比べ利益が出ないという回答もある。建設業の一回答を製造業全体の実績にはできないが、需要増と利益増を混同できない例だ。
こうした制約は新型コロナウイルス流行前から指摘されていた。JETROの2019年12月の解説では、現地調達率はベトナム36.3%、中国69.5%だった。一方、中国から生産を移管した、または移管を予定した64社の37.5%がベトナムを移管先に選び、複数回答で首位だった。中国全体の代替が難しいことと、移転先の一つとして機能することは両立する。
2025年には地場企業からの調達率が過去最高となり、改善も進んでいる。2019年と2025年は同一企業の追跡調査ではなく、個社の改善幅や移管の成否までは比較できない。会社が安定供給や利益を期待する一方で、現地担当者には調達と人材を整える役割が生じる。拠点の売上だけでなく、その仕事に必要な人員や裁量があるかも問題になる。
帰任後の待遇と役割――公開調査から見えること
役職の変化と、海外経験の活用は分けて見る
事業の難しさを乗り越えても、帰任後に大きな役割が用意されるとは限らない。会社に必要な拠点を守ったことと、その経験を国内で使える配置があることは別だからだ。
内藤陽子氏の2012年の研究は、大手製造業7社の帰任者192人、帰任後2年以内の人を対象にした質問紙調査である。派遣先は米国、中国、ドイツの順に多かった。赴任中の役職は課長34.9%、部長23.4%、係長15.6%。帰任後は課長35.9%、係長34.9%、部長14.6%だった。これは同じ標本全体の分布であり、一人ひとりの昇降を示すものではない。
他の要因も合わせて分析すると、役職の上下と四つの指標との有意な関連は確認されなかった。一方、「帰任者の活用」は、仕事満足度、組織へのコミットメント、会社で働き続けたい気持ち、会社への適応のすべてと有意に関連した。これは、海外経験を使う仕事に就いているか、現地の情報や人脈を使えるか、自分が活かされていると感じるかなど、本人の回答から作った指標である。
上司と任務・責任・期待される役割を話せているかは、仕事満足度、組織へのコミットメント、会社で働き続けたい気持ちに関連した。希望どおりの配属との関連が見られたのは仕事満足度で、赴任期間の長さは仕事満足度と会社への適応の低さに関連していた。
いずれも横断的な自己回答の調査で、因果関係を確定するものではない。回答者の99%超が男性で、金融・保険・人材紹介を対象にした研究でもない。それでも、自分の肩書だけでなく、経験を使う仕事があるか、上司と役割を話せているかを確かめる手がかりになる。
30代の帰任者13人が語った、裁量と心残り
リクルートワークス研究所は2008年11〜12月、大手製造業2社の海外派遣経験者28人を聞き取った。3人を分析から除外し、帰任前後の心境は30代で帰任済みの13人を対象に分析した。そのうち11人が、帰任前後に気持ちが下がったと語った。赴任期間は2〜6年だった。
報告書の語りの要旨には、海外では自分で方針を立てて実行できたが、国内では裁量が違うという声や、帰任後しばらく仕事がなかったという声がある。権限が小さくなり責任だけが残るように感じた人も、赴任地にやり残しがあり現地にいたかった人もいた。
人数が少なく、大手製造業2社の30代帰任者に限られるため、一般の帰任者の頻度は分からない。また「落ち込み」には、待遇への不満、仕事の違い、赴任地への心残りが混ざっている。本人が何に物足りなさを感じるのかを分けずに、帰任は失敗だったとまとめることはできない。
収入の変化は、年収倍率だけで判断しない
JAC Recruitmentは、帰任後の転職の理由として価値観の変化、裁量の低下、年収の低下を挙げる。駐在中は日本の1.5〜1.8倍の年収というケースが多いとも説明するが、その倍率の根拠調査は示されていない。機械的に元の部署へ戻す人事は減っているようだとしつつ、全員が充実した帰任先を約束されるわけではないとも述べる。
同社は転職支援を事業とし、帰任後の不満を持つ人が相談者になる立場だ。この説明から、全帰任者の離職率や給与の落差を推定することはできない。一方、前任者が帰任後にどの配置で何を任されているかを確認する提案は、数年後の自分を考える材料になる。
EY税理士法人の2026年2〜4月の調査は、主に人事・経理・経営企画担当者から213名の回答を得て、有効回答は181件だった。公表時に藤井恵パートナーは、円安や海外物価の上昇で海外赴任の金銭的メリットが従来より大きく減ったとコメントしている。調査のテーマは一時帰国、支度金、株式報酬であり、帰任後の年収落差を直接測った結果ではない。
本人が比較する際は、赴任中と帰任後の額面年収、税、為替、住居補助、実際の生活費を分けたい。家族帯同なら、配偶者が休職・退職する場合の収入や復職、帰任時の住居・教育の調整も関わる。本人の年収が増えても世帯として残る金額が同じだけ増えるとは限らず、手当の消失と職責の変化も別に確認する必要がある。
ベトナム帰任者に限った昇進率、離職率、年収変化や、同じ会社・職種・等級・年次をそろえた勤務地別の比較は、今回確認できなかった。ここまでの資料で「ベトナム帰任は不利」とも「有利」とも断定できない。
海外の刺激と、日本の仕事との違いを受け止める
物足りなさは、失敗した証拠とは限らない
帰任後の戸惑いは、ベトナムに限った話ではない。JACの説明には、海外で知識や技能、新しい視点を得た後、日本の職場が色あせて見え、自分が小さくなったように感じる人がいるという見方がある。転職会社の自己説明だが、Worksの聞き取りにも、国内の仕事の範囲や権限の違いに物足りなさを感じる声がある。
海外で判断を任され、知らない状況へ対応する経験をした人には、帰任後の仕事が刺激に乏しく見える可能性がある。これは全員の感情ではなく、前述の声から考えられる受け止め方だ。以前より裁量が小さいとしても、それだけで自分の能力や赴任経験の価値が消えたことにはならない。会社の規模、分業、帰任先の役割が違えば、同じ経験を使う場面も変わる。
現状を理解し、今の役割で経験を使う
筆者は、現状を理解して受け入れることが、日本へ帰っても仕事を続けるコツの一つだと考える。海外の仕事と比べて物足りない気持ちを否定せず、今の自分に何が任され、何を求められ、どこまで決められるのかを具体的に捉える。その上で、海外で得た顧客理解、人脈、判断の経験を、今の仕事のどこで使えるかを上司と話す。
例えば、海外で拠点全体を動かしていた人が、国内では一部門の担当になるなら、まず他部門との分担や決裁の範囲を知る必要がある。以前の権限をそのまま取り戻すことだけを目標にすると、経験を使える小さな機会を見落とすかもしれない。役割の違いを受け止めることと、必要な改善や経験を使う配置を求めることは両立する。不合理な待遇や無理な負担には、上司や人事へ説明と改善を求めてよい。現状の理解と受容は、それらを我慢することまで求めるものではない。
これは受け入れれば満足度が上がると研究が実証した方法ではなく、確認した声と役割の違いを踏まえた実用的な見方である。海外で多くの刺激を受けた後の物足りなさを、自分の失敗や赴任先の格だけで説明せず、日本で今何をできるかへ目を向ける。事業の現実と自分の現在地を受け止め、変えられる点を話し合うことが、経験を次の仕事へつなぐ出発点になる。
出典と確認範囲
出典:DBS『Annual Report 2025・CFO statement』https://www.dbs.com/annualreports/2025/cfo-statement.html /Prudential Vietnam 2025年決算発表 https://www.prudential.com.vn/vi/ve-chung-toi/thong-cao-bao-chi/prudential-viet-nam-cong-bo-bao-cao-tai-chinh-2025/ /JAC Recruitment『事業等のリスク』https://ir.jac-recruitment.jp/ja/investors/management/risk.html /MUFGハノイ支店 https://www.bk.mufg.jp/global/globalnetwork/asiaoceania/hanoi.html
出典:UNCTAD Foreign Direct Investment Explorer https://unctad.org/topic/investment/foreign-direct-investment-explorer /JETROベトナム調査解説 https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2026/21fcf2689cf256b0.html /ASEAN調査解説 https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2026/489e1ce13741a882.html /2019年中国代替分析 https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2019/1201/4dcfd9b37454d0aa.html
出典:内藤陽子「海外派遣からの帰任―組織への再適応とその決定要因」『日本労働研究雑誌』No.626(2012年9月)https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2012/09/pdf/075-088.pdf /リクルートワークス研究所『海外派遣勤務者インタビュー調査報告書』(PDF表記2008年、掲載日未確認)https://www.works-i.com/surveys/item/s_000123.pdf /JAC Recruitment『海外駐在員の赴任後の転職やキャリアプラン』(公開2021年10月15日、更新2026年6月22日)https://www.jac-recruitment.jp/market/global/assigned-abroad/ /EY税理士法人『第10回EYモビリティサーベイ』(2026年7月22日)https://www.ey.com/ja_jp/newsroom/2026/07/ey-japan-news-release-2026-07-22-02
公開日:Prudentialは2026年4月8日、JETROは2026年2月13日・3月25日、背景分析は2019年12月25日。DBSは2025年報、UNCTADは2026年版データ。これらとJAC IR・MUFGページの初回公開日は未確認。
対象時期:決算・投資は2025年。JETRO調査は2025年8月19日〜9月17日、背景分析は2019年調査。Works聞き取りは2008年11月10日〜12月25日。内藤論文の調査実施年月日は未確認。EY調査は2026年2月16日〜4月24日。
確認範囲:2026年10月14日時点の公開資料。会社の公表実績、本人の声、調査での関連と筆者の実用的な見方を区別した。国別の同条件の平均単価、個人の決裁権や収益配賦、ベトナム帰任者の待遇変化は未確認。単価と料率の例は仮定である。帰任者調査は古い製造業の限定標本で、現在の全駐在者に一般化できない。JACの年収倍率は根拠調査のない同社説明、EYの金銭的メリット低下は担当者コメントである。