日本とベトナムをつなぐ
生活

ベトナムのたばこはなぜ安い? 価格・喫煙率からたどる規制の変遷

筆者:高橋健太(AI編集部)

一箱1ドル未満。それでも東南アジア最安ではない

ベトナムのたばこは、日本や欧米と比べると確かに安い。では、なぜ安いのか。安ければ誰もが吸うのか。この二つをたどると、電子・加熱式を禁止し、紙巻きには増税する規制の変化も見えやすくなります。

同じ年・同じ20本入りで比べる

WHOの2025年報告が示す2024年7月末の最多販売銘柄は、ベトナムで2万1115ドン、当時の公定為替で0.87米ドル。日本は600円・3.94ドル、米国8.91ドル、ドイツ9.42ドル、フランス13.54ドル、英国17.21ドルでした。ベトナムは日本の約4分の1、米国の約10分の1です。国ごとの売れ筋を比べた数字で、同じブランドの値札ではありません。

東南アジアでは、ミャンマー0.49ドル、ラオス0.50ドル、カンボジア0.51ドルがさらに下にあります。11か国を確認すると、ベトナムは価格が示された10か国中、安い方から4番目。最安ではありません。最も高いシンガポールは11.61ドル。ブルネイは販売禁止で価格なし。これは2024年の公定為替換算順位です。

安さを支えるのは、低い税と安い価格帯

米国との比較で分かる「税だけではない」

ベトナムの売れ筋価格に占める税・基金拠出は37.22%。日本59.90%、フランス83.07%に比べて低い一方、米国は34.85%でベトナムを下回ります。それでも米国の価格は約10倍。この差は、税率だけでは説明できません。

WHOの価格から税などを差し引く編集部の概算では、非税部分はベトナム約0.55ドル、日本約1.58ドル、米国約5.80ドル。製造・流通費や利益などを含むこの部分も、出発点が違います。安さを「ほぼ無税だから」で片付けることはできません。

さらにベトナムでは、WHOに報告された最安銘柄が7000ドン。売れ筋の約3分の1の価格帯もあります。2019年に国内の喫煙者を調べた銘柄選択研究では、対象銘柄のうち1万5000ドン未満はすべて国内企業のブランドでした。高価格帯の合法銘柄も国内製造なので、「国内で作るから安い」だけでは説明がつきません。廉価な国内ブランドと高価格ブランドが共存する市場なのです。

同研究では、値上がりした安い国内銘柄から、別の国内銘柄を選ぶ傾向が示されました。低い税負担に加え、安い価格帯へ移れることが購入を続ける余地になります。従来の工場価格に対する75%課税も、安い製品ほど一箱当たりの税額が小さくなる仕組みでした。

日本人に安くても、現地の家計には同じ意味ではない

所得を考慮すると景色は変わります。WHOが用いる「売れ筋100箱の購入費が1人当たりGDPに占める割合」は、ベトナム1.89%、日本1.22%、米国1.03%。ドル価格はずっと低くても、この指標ではベトナムの負担が大きいのです。平均的な経済規模を使う比較なので、低所得世帯ほど実際の負担は重くなり得ます。

一方、WHOはベトナムで2014~2024年にたばこが買いにくくなる傾向はなかったと判定しています。重要なのは外国人から見た安値だけでなく、現地の所得に対し価格がどう動くかです。国内向けには廉価な選択肢があり、所得が伸びても価格が追い付かなければ買い続けやすくなります。

製造・輸出の基盤もあります。世界銀行WITS掲載の国連統計では、2023年の紙巻きたばこ輸出は約2億5190万ドル。主な相手先はシンガポール、フィリピン、インドネシアでした。税法は所定の直接・委託輸出などを特別消費税の対象外とします。国内の喫煙対策と、海外向けに製造・販売する事業は並行して存在しています。

「5人に1人」の中身は、男性と女性で大きく違う

全体の数字だけでは喫煙風景が見えない

2021年の全国STEPS調査では、15歳以上で毎日または時々たばこを吸う人は20.8%。ところが男性41.1%、女性0.6%でした。全体では約5人に1人でも、男性では約5人に2人。同じ価格で売られていても、喫煙が男女に均等に広がるわけではありません。

2025年公表の研究では、ハノイの都市・農村の2地区で喫煙中・禁煙後の男性51人が話し合い、お茶やコーヒーとともにたばこを勧め合う習慣が語られました。全国の男性の総意ではありませんが、値札だけでは見えない、続ける背景の一つです。

価格だけで喫煙の広がりは決まらない。それは価格が無関係という意味でもありません。男性の行動と、価格の変化を組み合わせて見る必要があります。

2015年GATSは男性45.3%、女性1.1%で、2021年の数値は低下しています。異なる調査のため規制の効果とは直結しませんが、男女別に追うと変化を捉えやすくなります。

価格が効くかは、価格が動いたときの行動で見る

2021年のPLOS ONE論文は、全国の2010・2015年GATSと地域別の紙巻き価格を使い、年齢や教育、地域などの違いを考慮して分析しました。実質価格が1%上がると、男性の毎日紙巻き喫煙率が0.08ポイント下がるという推定です。論文の10%値上げシナリオでは30.7%から29.9%へ。これは当時のデータによる試算ですが、ベトナムでも価格と喫煙が無関係とはいえない根拠です。

同時に、価格だけですべての人がやめるわけでもありません。前述の銘柄選択実験では、安い銘柄への買い換えとともに、値上げ後に対象のどの銘柄も買わない選択も見られました。調査上の選択は実際の禁煙達成とは違いますが、「安い物に移る人」と「買わない人」の両方を見なければ増税の効果は読めません。

「田舎ほど吸う」という印象も、製品を分けると具体的になります。2015年GATSでは喫煙全体が農村23.5%、都市20.6%ですが、報告書はこの差を統計的に有意とはしていません。紙巻きだけなら農村17.9%、都市18.8%。竹製の伝統的な水パイプは農村8.3%、都市3.5%でした。地域の印象の背景には、吸う製品の違いもあるのです。

規制の年表――場所から製品、そして価格へ

2013~2019年:吸う場所を絞り、税率を引き上げた

2012年成立のたばこ被害防止法は、2013年5月に施行。職場・公共の場所の屋内禁煙、18歳未満への販売禁止などを定めました。空港の隔離区域や宿泊施設などには条件付き専用喫煙室の例外があります。紙巻きの特別消費税率は2016年に70%、2019年に75%へ。店頭価格ではなく、製造者などの課税価格に掛ける率です。

2024~2026年:電子・加熱式は使用も禁止

2024年5月の首相公電47号は、電子たばこ液への禁止薬物混入集団などの捜査を指示しました。同年11月の国会決議173号は、2025年から電子・加熱式たばこの生産、商取引、輸入、他人が使う場所の提供、運搬、使用を禁止。薬物混入への対策と、製品そのものへの禁止が進みました。

2026年5月15日施行の政令90号第26条では、使用した個人への罰金は300万~500万ドンで、製品の廃棄も規定しています。紙巻きの販売が続いていても、電子・加熱式を使ってよい理由にはなりません。日本から旅行する人にも、そのまま関わる違いです。

2027~2031年:安い銘柄にも、一箱ごとの税を加える

2025年成立の特別消費税法66号は、75%の従価税を残し、紙巻き20本入り一箱に定額税を追加します。2027年2000ドン、2028年4000ドン、2029年6000ドン、2030年8000ドン、2031年1万ドンという段階です。法律は2026年施行ですが、この追加課税は2027年からです。

価格比例の税と違い、定額税は安い箱にも同額が掛かります。安価な銘柄への買い換えで負担を逃れやすかった仕組みに、一箱ごとの負担が加わることが、今回の変化です。税額がそのまま店頭の値上げ額になるわけではなく、今後は銘柄別の実売価格と購入量を追う必要があります。

なお2026年の公式統合版111号には、2027年の金額・単位が成立法66号と異なる記載があります。上記は成立法66号と官報の表に基づきます。申告実務では当局の最新説明との照合が必要です。

安さより先に、健康と家族への影響を見る

WHOは、たばこががんや心血管・呼吸器疾患を引き起こし、受動喫煙にも安全な曝露水準はないとしています。吸わない方が健康によいという出発点は変わりません。男性の喫煙が多い社会では、吸わない同居家族や職場の人も煙の影響を受けます。依存がある人には、非難より禁煙の相談や支援が必要です。

これから見たいのは、禁止の項目が増えたかだけではありません。安い銘柄の価格が所得に対してどう変わるか。若い人が吸い始めるのを防げるか。喫煙者が安い製品に移るだけでなく減煙・禁煙につながるか。場所、製品、価格の三方向から進む規制を、家計と健康の変化に結び付けて見守りたいところです。

出典・日付・確認範囲

価格・税・所得比:WHO「世界たばこ流行報告2025」の各国資料8ページ。東南アジア11か国と日本・米英仏独を比較。価格基準日は2024年7月31日。非税部分は価格×(1-税等の割合)の編集部計算。国別資料一覧とベトナム原典:
https://www.who.int/teams/health-promotion/tobacco-control/global-tobacco-report-2025
https://cdn.who.int/media/docs/default-source/country-profiles/tobacco/gtrc-2025/tobacco-2025-vnm.pdf

市場・価格研究:Nguyenほか「Brand-switching and tobacco taxation in Vietnam」、Tobacco Control、2021年11月19日先行公開(2019年調査)。Viet Nguyenほか「The impact of cigarette prices on smoking participation and tobacco expenditure in Vietnam」、PLOS ONE、2021年12月14日公開(主な喫煙データは2010・2015年)。
https://tobaccocontrol.bmj.com/content/31/Suppl_2/s88
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0260415

当事者の声:Nguyenほか「Tobacco control policies in Vietnam」、Tobacco Control、2025年公表。男性51人の質的研究。
https://doi.org/10.1136/tc-2024-059255

喫煙率:保健省等のGATS2015報告29~31ページ、STEPS2021報告(調査2021年1~3月。両報告の正確な公開日は未確認)。
https://cdn.who.int/media/docs/default-source/ncds/ncd-surveillance/data-reporting/viet-nam/gats/vietnam-country-report-2015.pdf
https://cdn.who.int/media/docs/default-source/ncds/ncd-surveillance/data-reporting/viet-nam/viet_nam_step_2021_report.pdf

法令・出来事:被害防止法09号(2012年6月18日成立、2013年5月1日施行)、改正法70号(2014年11月26日成立)、首相公電47号(2024年5月13日)、国会決議173号(同11月30日)、政令90号(2026年3月30日公布、5月15日施行)、税法66号(2025年6月14日成立、2026年1月施行)、統合版111号(2026年5月20日)。
https://chinhphu.vn/?docid=163544&pageid=27160
https://datafiles.chinhphu.vn/cpp/files/vbpq/2014/12/70.signed.pdf
https://baochinhphu.vn/cong-dien-cua-thu-tuong-chinh-phu-ve-tang-cuong-quan-ly-thuoc-la-dien-tu-thuoc-la-nung-nong-102240514090019457.htm
https://datafiles.chinhphu.vn/cpp/files/vbpq/2024/12/173-qh15.signed.pdf
https://datafiles.chinhphu.vn/cpp/files/vbpq/2026/4/90-ndcp.signed.pdf
https://datafiles.chinhphu.vn/cpp/files/vbpq/2025/7/66qhm.signed.pdf
https://datafiles.chinhphu.vn/cpp/files/vbpq/2026/5/111-vbhn-vpqh.pdf

輸出:世界銀行WITS/国連Comtrade、2023年HS240220「たばこを含む紙巻き」の輸出額。
https://wits.worldbank.org/trade/comtrade/en/country/VNM/year/2023/tradeflow/Exports/partner/ALL/product/240220
健康:WHO「Tobacco and nicotine」、2026年6月26日。
https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/tobacco

確認範囲:法令は2026年10月15日時点。価格比較は2024年、喫煙・銘柄研究は各調査年の状況。2026年の実売価格、価格差の原価・利益内訳、2027年増税後の行動変化は未確認です。

← 記事一覧へ