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ベトナムの日本人社会は「1万6千人の村」だった――狭い社会で評価を落とす人、信頼される人

## 要約
ベトナムの在留邦人は約1万6600人。ホーチミンでも約9200人と、日本の小さな町ほどの規模しかない。職場、日本人会、行きつけの日本食店、子どもの学校。どこへ行っても同じ顔ぶれに会う環境では、噂はすぐに回り、序列とマウントが生まれやすい。筆者の周囲で見聞きしたことやXなどの体験談、公的統計をもとに、海外の日本人社会が「村」になる仕組みと、そこで評価を落とす人・信頼を得る人の違いを整理した。

月曜に会議で顔を合わせた取引先と、水曜に日本食店のカウンターで隣り合い、土曜には子どもの行事で同じテントの下にいる。ベトナムで暮らしていると、そんな一週間も珍しくないと筆者は感じる。

目次

- 数字で見ると、本当に「村」
- 村には村の良さもある
- Xで語られる「村」の声
- 場面別に見る「村」の力学
- 日本では見えなかった「自分勝手さ」
- マウントを取りたがる人の典型
- 「見下し」と待遇差が生む勘違い
- 狭い社会で評価を落とす人の共通点
- これからベトナムで暮らす人へ
- 参考資料

数字で見ると、本当に「村」

外務省の海外在留邦人数調査統計によると、2025年10月1日時点でベトナムに住む日本人は1万6636人。前年から4.4%減り、2021年の2万2185人からは約5500人少なくなった。都市別ではホーチミンが9249人、ハノイが5853人。そのうえ96.7%は期限付きで暮らす「長期滞在者」で、永住者はわずか550人しかいない。

日本の感覚に置き換えると、ホーチミンの日本人社会は人口1万人に満たない町に近い。しかも住民の大半は数年で入れ替わる「よそ者」で、勤め先、住むエリア、子どもの学校、週末に行く店がかなりの割合で重なる。

日本なら別々だった職場、家族、趣味の輪が、ここでは一つに重なりやすい。この逃げ場のなさが、海外の日本人社会を「村」にしている根本の構造だと筆者は見ている。

村には村の良さもある

誤解のないように書いておくと、狭い社会には助け合いの力もある。急な病気や事故のとき、日本語で相談できる相手がすぐ見つかる。新しく来た家族に、病院や学校、日本食材の店といった生活情報が受け渡される。日本人会のような集まりや、知人の紹介が支えになった経験を持つ人もいるだろう。

ただ、同じ密度が、噂や序列も生む。助けてもらえる距離の近さは、見られている距離の近さでもある。以下は、その裏側の話だ。

Xで語られる「村」の声

X(旧Twitter)で海外在住者の投稿を拾っていくと、同じ構図が複数の国の在住者から語られている(以下、個人が特定されないよう要約して紹介する)。

台北在住とみられる人は、海外の日本人コミュニティは狭いという話になりがちで、揉めた相手の悪い噂もすぐ耳に入ってくる、トラブルを起こす人はあっという間に友人を失うだろうと書いていた。別の元海外在住者は、日本人社会にはムラのような空気があり、相手にとって商売の得になる話でもなければ、なかなか助けてもらえなかったと振り返っている。

ベトナムに関しても、路上の散髪に約300円(5万ドン程度)払った旅行者に対し、在住の日本人が「ぼったくられている」と指摘して絡んだ、という投稿が見つかった。現地の相場に詳しいことが、優位を示す材料に使われた一例と言える。

駐在員と現地採用の関係も繰り返し話題になる。「現地採用だから友達になれない」と見下してくる駐在員もいれば、敬意を持って接してくれる駐在員もいる、結局は肩書きではなく人による――という趣旨の投稿もあった。一方で、家賃も車も会社持ちで英語も中途半端な駐在員を見て、現地の社員は「なぜ現地の人材を雇わないのか」と思っている、という指摘もあった。

## 場面別に見る「村」の力学
### 職場:本社の序列がそのまま持ち込まれる

日系企業の現地法人では、本社から来た駐在員、現地で直接雇われた日本人(いわゆる現地採用)、ベトナム人スタッフという三つの層ができやすい。待遇差は制度上のもので、それ自体が悪いわけではない。問題は、その差を「人としての格の差」と取り違える人がいることだ。

筆者の周囲でも、駐在員が現地採用の日本人を飲み会の誘いや情報共有から外す、といった話を聞くことがある。逆に、現地採用側が「ベトナム語もできない駐在員は何も分かっていない」と陰で冷笑し、溝が深まることもある。狭い社会では、そうした態度が取引先まで伝わることもある。

日本人同士:「どこの会社?」が名刺代わり

ネットで繰り返し語られるのが、夫の勤務先による「駐在妻ヒエラルキー」だ。神戸新聞NEXT(まいどなニュース特約、2022年)の記事では、タイと英国で外交官の夫に帯同した女性が、かつて語られた序列として外交官、国際機関、商社・金融、大手メーカー、ゼネコン、下請け、現地法人という並びを紹介している。同じ記事には、マレーシア在住の記事の書き手がママ友から聞いた話として、子ども同士のささいな喧嘩をきっかけに相手の親の勤務先を聞いて回り、社名を知った途端に鼻で笑った母親のエピソードも載っている。

ベトナムでの実態を示す調査は見当たらない。ただ、似た空気を感じたという声は筆者の周囲にもある。

同じ記事の女性は、令和に入ってからは夫の職業を聞かないのが暗黙のルールになったとも話している。とはいえ、聞かなくなった分、住んでいる建物や車の有無、子どもの学校から相手を推し量る空気までは消えていない、と筆者は感じている。

子どもを介した付き合い:抜けられない輪

子どもの学校や幼稚園を通じた付き合いは、最も逃げ場がない。タイとマレーシアで暮らした駐在妻コミュニティの代表は、子育てメディアHugKum(2024年)のインタビューで、海外の日本人コミュニティは本当に狭い世界なので、何かあると村八分になるのではという不安が起こりやすいと語っている。夫の会社名や子どもの幼稚園の話でも、マウントと取られないかとビクビクしがちだという。本人も、自分の元勤務先の話をきっかけに、レストランや美容院など当たり障りのない話題をあえて選んでいた時期があったと振り返っている。

子どもは数年単位で同じ学校に通う。親同士が気まずくなっても、送迎や行事で顔を合わせ続けるしかない。ここで生まれた確執が、帰国の日まで続くこともある。

個人経営の日本食店:常連の「縄張り」

日本人街の小さな日本食店や居酒屋は、在住者にとって数少ない息抜きの場所だ。筆者の見聞では、だからこそ店が「派閥」の拠点のようになることがある。特定の常連グループが幅を利かせて新顔が入りにくかったり、店主と親しいことを自慢する人がいたりする。誰がどの店で誰と飲んでいたかが、別の店で話題に上ることもある。

店側も、限られた日本人客を相手に気を遣っている。筆者の知る店でも、客同士の揉め事に巻き込まれないよう、どのグループとも等しく距離を保とうとする店主がいる。日本なら気にもしない「どの店に通うか」が、ここでは人間関係の表明になってしまう。

友人の友人:紹介が「保証」になる重さ

仕事の相談も家探しも、知り合いの紹介から始まることが多い。便利な反面、紹介された相手と合わなくても紹介者の顔を立てて簡単には離れられず、揉めれば紹介者同士の関係まで壊れかねない。

日本では見えなかった「自分勝手さ」

海外に出ると、日本では隠れていた振る舞いが表に出る人がいる。

「ここは日本じゃないから」と、日本ではしないような横柄な態度を店員やタクシー運転手に取る。現地の交通ルールや習慣を守らない一方で、ベトナム人の時間感覚や仕事ぶりには厳しい目を向ける。生活水準の高さを周囲に見せつける。

日本で働いていた世間体のブレーキが、海外では緩む。相手が言葉の通じない「現地の人」だと、遠慮がなくなる人もいる。その振る舞いは、現地の人も、同じ日本人も、よく見ている。

マウントを取りたがる人の典型

在住者の体験談や筆者の周囲の見聞を並べると、マウントの材料はだいたい決まっている。

- 勤務先と役職、駐在員か現地採用か
- 住んでいる建物、エリア、運転手付きの車の有無
- 在住年数(「私が来た頃は」という前置き)
- ベトナム語力や現地人脈の多さ
- 子どもの学校(日本人学校かインターナショナルスクールか)

どれも本人の人間性とは関係がない。それでも狭い社会では、こうした分かりやすい指標で相手を測る人が一定数いる。

「見下し」と待遇差が生む勘違い

ベトナムを含む東南アジアの人々を、どこか下に見る態度が残っていると感じる場面は、筆者の周囲でも時折ある。その背景の一つには給与水準の差があるだろう。川崎市の視察報告(2024年)によると、ベトナムの平均月収は約496万ドン(約196ドル)、ホーチミンでも約651万ドン(約257ドル)とされる(数年前の統計とみられ、その後は上昇している可能性がある)。1ドル150円で換算すると約3万円と約3.9万円で、日本から来た駐在員の待遇とは大きな差がある。

ただ、その差は会社と国の経済力が生んだものであって、本人の能力や人格の差ではない。待遇を実力と取り違えると、職場で信頼を損なう態度につながる。

ニューズウィーク日本版の記事は、ベトナム人の「はい」や「大丈夫です」が、同意ではなく「拒否ではない」という意味のことがあると指摘している。注意されて黙るのも反抗ではなく、目上を強く否定しない文化から来ている場合があるという。もちろん人や職場によって違うが、こうした前提を知らずに「指示を守らない」「反応が薄い」と決めつければ、信頼は遠のく。

狭い社会で評価を落とす人の共通点

狭い社会で評価を落としていく人には、いくつかの共通点がある。

- 相手によって態度を変える(現地の人と日本人、取引先と店員など)
- 噂話の発信源になる
- 「日本ではこうだった」を押し付ける
- 自分が所属する輪の外の人を見下す

逆に、長く信頼される人は驚くほど地味だ。誰に対しても同じ態度で接し、人の噂に乗らず、現地のやり方をまず理解しようとする。会社の看板が外れたあとも付き合いが続くのは、こういう人たちだと筆者の周囲を見ても感じる。

海外の日本人社会は、日本にいるとき以上に人間性がそのまま評価になる場所だと筆者は感じている。会社の格や待遇は数年で消えるが、「あの人はどういう人だったか」という評判は、本人が帰国したあとも村に残り続ける。

## これからベトナムで暮らす人へ
- 最初の数カ月は特定のグループに深入りせず、複数の集まりに浅く顔を出す
- 相手の勤務先や住まいを詮索しない。自分からも話題の中心にしない
- 噂話は聞いても広めない
- 店員や運転手、部下など、立場の弱い相手への態度に一番気をつける
- 人を紹介するときは、合わなかった場合に角を立てずに離れられる余地も残しておく
- 日本人以外の人間関係も持つ
- 着任したら、仕事の進め方や意思表示の文化の違いを早めに学ぶ

人の少ない社会は、国籍を問わず村になりやすい。ただ、そこに日本の序列意識を持ち込むかどうかは、自分で選べる。狭い社会では誰もが、気づかないうちに噂を運ぶ側にも、マウントを取る側にもなりうる。筆者も例外ではない。ベトナムで過ごす時間を、自分の振る舞いを見つめ直す機会と考えておくと、見える景色は少し変わるはずだ。

## 参考資料
X(旧Twitter)上の公開投稿(2022〜2026年。2026年10月16日に閲覧し、個人が特定されない形で要約)
外務省「海外在留邦人数調査統計(令和7年10月1日現在)」 https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100957047.pdf
神戸新聞NEXT(まいどなニュース特約)「駐在妻ヒエラルキーに異変」2022年10月20日 https://www.kobe-np.co.jp/rentoku/omoshiro/202210/0015739749.shtml
HugKum「駐在妻にはヒエラルキーがある?」2024年10月8日 https://hugkum.sho.jp/649071
ニューズウィーク日本版「ベトナム人と日本人が働く時に直面する文化摩擦は何か?」2025年11月30日 https://www.newsweekjapan.jp/articles/-/59266
川崎市 アジア視察報告(2024年。平均月収は統計総局2020年版家計生活水準調査の数値とみられる) https://www.city.kawasaki.jp/980/cmsfiles/contents/0000022/22637/R06-ajia-08report05.pdf

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