# ベトナムの日系企業に潜む「モンスター社員」の見分け方――そして、自分が同じ罠にはまらないために

一時期「モンスター社員」という言葉をよく耳にしました。ベトナムの日系企業にも、今も実際にいます。日系企業は不祥事を外に出したがらないので、具体的な話はなかなか表に出ませんが、私が見聞きしてきた範囲でも、同じ型が繰り返し現れます。
先に断っておきます。これは「ベトナム人は〜」という話ではありません。どの国の職場にも起こりうる問題が、ベトナムでは**ある構造のもとで起きやすい**、という話です。そして後半は、見分ける側だけでなく「自分が同じ側に回らないか」を点検する話です。
最初に、いちばん大事なことを書いておきます。**何よりも、自分自身が日本側に情報を隠さないこと。そして、不正をしないこと。** 現地の社員を疑う前に、まずここが土台です。
手口① 本社に直結し、駐在員を外から押さえる
私の知る限り、いちばん多い型です。日本人駐在員の指示を聞かなくなり、日本の本社や担当者と個人的に親しくなる。本来は現地で完結すべき話を本社へ直接伝える。思い通りにならないと、駐在員の悪口を本社に流し、日本側から圧力をかけさせる。
なぜ効くのか。背景には、ベトナム社会の序列意識があります。ホフステードの国別指標では、ベトナムの権力格差は70、個人主義は20(強い集団主義)とされます。専修大学の上田和勇氏の整理では、権力格差の大きい社会で部下は上司に頼りがいのある家父長的な姿を望み、集団主義の社会では関係者・仲間との結びつきが強い、とされています。つまり「より強い人を知っていれば、その下の人間を動かせる」という感覚が、組織の中で働きやすい土壌があります。
ただし、これだけでは半分です。もう半分は**日本側の構造**です。駐在員は数年で入れ替わり、本社は現地の実情が見えにくい。クロールとアジアゲートの不正対応セミナー資料(2020年)も、通報の難しさの一つとして「駐在者が頻繁に交代する中で、本社は本当に現地の通報スタッフを守り続けるのか」という点を挙げています。現地スタッフから見れば、本社とのパイプを握ったほうが安全で得、という計算が成り立ってしまうのです。
手口② 必要な情報を隠し、「自分が解決した」顔をする
もう一つも非常に多い型です。問題が起きても最低限のことしか言わない。解決策が分かっていても黙っている。頃合いを見て自分で片付けたような顔をする。すると「駐在員より能力がある」と見せやすい。
ここで見分けが難しいのは、**悪意の隠蔽**と**文化的な言えなさ**が外見上よく似ていることです。
- ベトナムでの開発現場を知る関係者のやり取りでは、問題が起きると「誰のせいか」の責任追及になりやすい、また「できない」と思われるのが悔しくて引き受けてしまう、という見方が語られています(@IT連載)。責められるなら言わない、という行動は、悪意がなくても起きます。
- ニューズウィーク日本版の寄稿によれば、「はい」「大丈夫です」は同意ではなく「拒否ではない」の意味のことがあり、注意されて黙るのも反抗ではなく、上司を強く否定しない文化の表れだといいます。
一方、クロール資料は駐在員側の問題も率直に挙げています。「嫌われたくない」「マイナスの言葉を言いたくない」という性善説、小さな仕事の丸投げ、対話不足。そして重要な指摘があります。**「彼なしでは回らない」という状態は、計画的な囲い込みかもしれず、不正の危険信号と心得るべき**だというのです。
モンスター社員の見分け方
「悪い人かどうか」は外から判断できません。見るべきは**情報と権限を独占していないか**です。
**危険度が高いサイン**
- あなたを通さずに、本社・取引先・他拠点の日本人と直接やり取りしている
- 報告が常に「解決後」。途中経過や失敗の報告がない
- 通訳、業者選定、採用、経理など、特定の業務の窓口を一人で握っている
- 「この人がいないと回らない」状態になっている
- あなたの前と、本社や同僚の前とで、言っていることが違う
- 周囲の社員がその人の顔色をうかがい、距離を置いている
- 業者選定など「少額で主観に左右される取引」に必ずその人が絡む(クロール資料は、こうした取引が不正の落とし穴になりやすいと指摘)
**これだけでは「モンスター」と判断してはいけないサイン**
- 「はい」と答えるが、後で動かない(同意ではなく「拒否ではない」の可能性)
- 注意すると黙る(面子への配慮)
- 手順より速さを優先し、相談なしで先に動く
- ベトナム人同士で先に話し合い、リーダーがまとめて報告してくる(ただしこれが定着して日本人が内部を見られなくなるなら、窓口の独占につながるので要注意)
前者は「構造の問題」、後者は多くが「文化差」です。後者を悪意と決めつけると、本来の味方まで失います。判断を急がず、事実(誰が・いつ・誰に・何を伝えたか)を記録して照合する。それが先です。
「信用できる人」という思い込みを疑う
見分け方のもう一つの落とし穴は、見る側の思い込みです。典型は、**日本語が話せるベトナム人の言うことは信用できる**と考えてしまう人です。意思疎通がしやすいので、この人は信用できると思い込む。観光地で日本語を話しかけてくる現地の人に、のこのこついていくのと同じ構造です。こういう人に「なぜ信用できるのですか」と聞いても、たいてい説明できません。説明できない信用は、信用ではなく印象です。
もう一つ、知っておくべきことがあります。現地の社員が日本人に向かって「私にはできません」と言ったり、その日本人の言うことを否定したりするのは、まずありません。理由は単純で、そうしても本人にメリットがないからです。上下関係を重んじる社会では、上に逆らうことはリスクだけが大きい行動です。つまり、**耳障りのいいことばかり言われるのは、むしろ普通**です。少し話しただけで「従順だ」「誠実だ」と判断するのは危険です。前の節で触れたとおり、「はい」は同意ではなく「拒否ではない」の意味のこともあります。
渥美坂井のニューズレターも、日本語ができて長年勤め、信頼を得ていた人が、その地位を利用して不正を行った例があると述べています。信用は「話しやすさ」や「従順さ」では測れません。次のような**行動**で、時間をかけて確かめるものです。
- 悪い知らせを、自分から、早く持ってくるか
- あなたの見ていないところでも、言うことが変わらないか
- 数字や書類を、第三者が確認できる形で出すか
- 他の社員から見て、その人の評判はどうか
自分が同じ人間にならないために
ここからが、この記事でいちばん言いたいことです。
**日本側に情報を隠さない。不正をしない。** 現地社長や駐在員にとって、これは大前提です。
よく聞く話があります。ある日系の現地社長が遊ぶ金に困り、ベトナム人サプライヤーにキックバックを要求したり、お金を貸すよう頼んだりした。こういう話は、驚くほどの速さでうわさになります。**知らないのは本人だけ**です。取引先も社員も、ちゃんと見ています。そして、見られている人の言うことを、人は内心では聞きません。
さらに、立場の問題があります。現地社長や駐在員は、ベトナム人社員と現地法人を守る立場です。ベトナムでの仕事が後になって日本で問題になったとき、ベトナム人を守れるのは、現地の社長や駐在員だけです。逆に、現地の社長や駐在員を、ベトナムの習慣やベトナム人社員から守れるのは、日本側だけです。**お互いに守り合う関係**であって、現地が情報を隠せば日本側は守れず、日本側が現地を理解しなければ現地は守られません。ここを理解していない人が、一定数います。
**1. 不正の主体は、現地スタッフだけではない。**
渥美坂井法律事務所のニューズレター(2018年)は、現地の日本人役員も広い裁量を持つため、自身が不正の主体になりうると指摘しています。日本語が話せる長年の勤務者が、信頼を得た立場を利用して不正を行う例にも触れ、日本人駐在員や長期勤務者も含めて「信頼しても信用せず」の姿勢が要点だとしています。2009年には日系大手メーカーが、ベトナム法人の財務責任者だった出向社員による数億円規模の私的流用を公表しました(ITmedia、2010年)。隠蔽工作があり早期把握が難しかった、と説明されています。**モンスターは、駐在員の側にもなりえます。** なお同ニューズレターによれば、2018年1月施行の新刑法では、民間同士のキックバックにも贈賄罪が適用されうるとされています。「遊ぶ金のための小さな頼みごと」が、法的にも重い話になりえます。
**2. 情報の窓口を独占していないか。**
本社との連絡、取引先との関係、現地の事情。自分だけが知っている状態は、自分の評価を守るには便利ですが、組織にとっては危険です。「彼なしでは回らない」は、自分についても言えることです。
**3. 本社に伝えるとき、悪口になっていないか。**
本社へ連絡すること自体は悪くありません。問題は、相手の頭越しに、感情と評価だけを流すことです。事実と提案を、可能なら本人と上司にも見える形で出す。これは現地スタッフにも駐在員にも、本社担当者にも当てはまります。
**4. 自分のミスを、先に出しているか。**
他人に「情報を隠すな」と言うなら、自分の失敗を最初に共有することが前提です。心理的安全性は、上に立つ側が先に作るものです。
**5. 本社側の人へ。片方の話だけで動かない。**
現地から直接連絡が来て、駐在員への不満が書かれていたら、まず裏取りをする。圧力を使いたくなる気持ちは分かりますが、それがモンスターを育てます。
組織としての予防策
個人の人間性に頼らず、仕組みで防ぐのが現実的です。専門家資料に出てくる対策から、特に効果が高いと思うものを挙げます。
- **業務のローテーションと「メイン・サブ」体制**で、代わりのきく人を常に複数育てる
- **相見積りの義務化、現金決済の回避、粗利率・仕入比率の定点チェック**(渥美坂井)
- **現物確認**:現預金、棚卸、証憑原本を本社が直接確認する
- **内部通報窓口**:ただしベトナム語での通報を誰が翻訳するかで漏洩リスクがあること、通報者が同僚から孤立しやすいことを前提に設計する(クロール資料)
- **対話の質を上げる**:クロール資料は「おしゃべり」「会議」「対話」を区別し、駐在員が本社社長に何でも正直に話せるか、という問いを投げています。現地スタッフも同じ問いの前に立っています
おわりに
モンスター社員は、多くの場合、一夜でモンスターになるわけではありません。「任せきり」「対話の不足」「情報の偏り」「見て見ぬふり」が積み重なった場所に、現れます。そしてその積み重ねには、日本人側も加担しています。
人を見分ける目を持つことは大切です。そして、耳障りのいい言葉や、日本語の通じやすさだけで人を信用しないこと。でもそれ以上に、**自分がいま、情報を握って誰かをコントロールしようとしていないか**を、時々自分に問うこと。それが、モンスターを生まない一番確かな方法だと私は考えています。
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出典(確認済み)
- クロール/ASIA GATE Viet Nam「不正調査の組み立て実務と人事対応の実践」(2020年9月) https://www.kroll.com/ja-jp/-/media/kroll-jp/pdf/fraud-investigation-employee-management.pdf
- 渥美坂井法律事務所 Vietnam Practice Newsletter No.VNM_013(2018年10月) https://www.aplawjapan.com/archives/pdf/Newsletter_VNM_013.pdf
- 上田和勇「異文化のリスクマネジメントに関する理論と実際」専修ビジネス・レビュー Vol.17 No.1(2022) https://senshu-u.repo.nii.ac.jp/record/12605/files/3052_0017_05.pdf
- ニューズウィーク日本版(ベトナム人と日本人の文化摩擦) https://www.newsweekjapan.jp/articles/-/59266
- @IT「開発残酷物語(10)」 https://atmarkit.itmedia.co.jp/ait/articles/1905/20/news002_2.html
- @IT「何しにベトナムへ?(3)」 https://atmarkit.itmedia.co.jp/ait/articles/1509/15/news014_2.html
- ITmedia「アジア市場攻略の鍵は『現地化』」(2010年) https://www.itmedia.co.jp/enterprise/spv/1003/31/news011_3.html